短編小説と絵のコラボレーションです。絵を見て文を書き、文を読んで絵を描いております。作品は随時更新中。よければご感想お待ちしております。

 

作家・コモリ ユウイチ×絵・kaya

 

2011/1/2

『エメラルドグリーン』

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

ついに、ついに買ってしまた。

夕暮れ間近の電車に、一人の男の子が座っている。
膝の上には、大きなリュックサックが1つ。

男の子は爆弾抱えるテロリストさながら、
辺りを見回し、自分の行動が不審に思われていないか、
そうっと、探っている。

1つの駅につくたびに、人が降り、そして、人が乗る。

そのたびに、左右に視線を走らせ、
見咎めるものはいなか、
自分のカバンの中身がばれていないか、
突然怒られやしないか、
確かめている。


かれは、つい十五分前までは、
小さな本屋さんにいた。

そこで、念願の一冊をやっとの思いで、
購入したのだった。

もちろん、レジに行くときは、
もう、手術台に乗せられるかのような
気分だった。

それでも、なんとか支払いを終わらせ、
店から逃げ出し、
後ろを、横を、そして、なんとなくお天道様を、
見比べて、
一気に電車にかけこんだ。


自分の駅についた少年は、リュックを背負う
なんてこともすっかり忘れ、
正面で大事に抱え込んだまま、
家へと急いだ。

いま、ちょうど5時45分。
お母さんが、妹を連れて帰ってくるのが、
6時30分。

晩御飯は、
今日は木曜日だから、7時を過ぎるだろう。

つまり、
30分は、
ゆっくりと
吟味できる計算になる。

駆け出したいのを抑えて、
家へと、早足で向かう。

それでも、最後のカーブを曲がり、
自分の家が見えたときには、
もうだれも彼を止めようなんて、
気にはならないほどの、
勢いを見せ、
一気に自分の部屋に駆け込んだ。

靴を脱げたのが不思議なくらいのスピードで。


彼は勉強机の上に、リュックを置き、
厳かに、チャックを開ける。

その中に眠っていた、一冊の本を、
一度、自分の部屋のドアの閉まっているのを、
確認してから、
机の上に置いた。

ドス、と予想通りのいい声をあげたその本を、
彼はゆっくりと見つめる。

しっかりとした装丁に、
シンプルに記されたタイトル。
「色彩全書」

彼は、もう、いてもたってもいられず、
目次から、お目当ての色を探す。

青の項から始まり、記憶を頼りに、
緑の項へと進む。

そして、記憶と寸分違わぬ色を見つける。

幼馴染の女の子の膨らみ始めた胸元に、
ほんの一瞬、
ほんとうに刹那であったが、
思春期の彼が見逃すわけの無い瞬間、
垣間見えた、胸元の色。

「エメラルドグリーン」

彼はその始めて目にする色の名前を、
反芻する。

頭で8回。

それから、記憶をもう一度目の前に、
置いてから、

目を閉じ、ゆっくりと口ずさむ。


「エ・メ・ラ・ル・ド・グ・リ・ン」

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